原子炉時限爆弾―大地震におびえる日本列島/広瀬隆

本書は、この日本列島に住んでいるすべての人に「日本はあと何年、ここに住んでいられるのだろうか」というごく簡単な問いを、尋ねるものである。

の書きだしで始まる本書は3.11東日本大震災の前に出版されており、福島第一原発事故を予言したかのような内容である(著者に言わせれば、なるべくしてなったのだろうが)。

著者はまず、地質学、地震学、変形地形学の知見を元に、①大陸移動説とプレートテクトニクス理論による地震発生メカニズム、②造山活動で誕生した日本列島の成り立ちにより無数に存在する活断層、③史実に基づく大地震の周期性から、再び活動期に入ったと見られる現在ではいつ「原発震災」による甚大な被害が起こってもおかしくない状況であることに警告を鳴らす。

しかしながら、電力会社は都合の悪い事実を認めず、計画を既成事実化するためなら捏造もいとわない行為を繰り返し、それを取り巻く御用学者、官僚、政治家らにより、原子力を中心としたエネルギー政策が取られてきたのだ。彼らの罪は言うに及ばないが、その功罪を批判出来ないマスメディアの罪の深さを忘れてはいけない。震災報道で弱者側であるかのように振舞っているが、彼らが最近まで「原発ルネッサンス」と書きたてていたではないか。

著者はあとがきで、読者に向けて「原発震災」は人災であり、個人が声を上げるよう問いかけている。この宿題に対して、一人ひとりがそれぞれの答えを出さなければならない。

【評価】
★★★☆☆

【感想】
著者の頭の中には「原発震災」が起こったときの日本はどのように映っているのだろうか。土壌が放射能で汚染されて飲み物も口に出来ず、被曝により子供たちの生命が脅かされる地獄絵が見えているのだろうか。それをまず共有し、我々に出来ることは何かを再び問い直さなければならない。残された時間は少ない。愛すべき人を、祖国である日本を、美しい地球を、明るい未来を見捨ててはいけない。

ただし、本書の評価については、逆説的な言い回しが多くて文体として幼稚なように思えたので低めとさせて頂いた。例えば、

このように危険なものを安全だと言い張る政府と電力会社は、人間として恥ずかしくないのか?(p.166)

柏崎1~4号機では450ガルが2300ガルへと5倍以上に引き上げられたが、なぜこれほどでたらめの耐震性を認めてきたのか?すべての電力会社が、「万全の耐震性を持っている」と何十年も宣伝してきたのに、その当初の耐震設計が正しければ、見直しの必要はないはずではないか?柏崎以外の原子炉は、これで見直したつもりなのか?指針の数字は変わったが、同じ原子炉のままでどこが安全になったのか?(p.170)

中越沖地震に襲われた柏崎刈羽原発では、至るところに弾性限界を超えた重大な塑性変形(内部歪み)が生じたことは、揺れの想定を大幅に上回った事実から断言できるので、もはや2度と使えない原発と変わったのである。(略)ところが!東京電力は、地震から1年10カ月後の2009年5月9日、人間に検査ができないことを「すべての検査を終えた」として、7号機が運転を再開した。(略)これは、「××」を通り越して、「○○」と呼ばれる行為であった。(p.187)

このように相手の全否定すると態度を固くさせてしまい、相手を思考停止させて感情的にしてしまう。もっと、大人になって議論すべきだろう。自分の家族や親しい人を被曝させようと思って原発に携わっている人は一人もいないのだから。

【お気に入り】
地震研究所員だった寺田寅彦が「天災は忘れた頃にやってくる」と言い残した警句の「忘れた頃」に、私たちはいるのだ。起こってしまってからでは、取り返しがつかない。私たちには、原発事故に関して、いかなる日々の生業の口実があっても、後悔があってはならない。(p.279)

【目次】
序章 原発震災が日本を襲う/第1章 浜岡原発を揺るがす東海大地震/第2章 地震と地球の基礎知識/第3章 地震列島になぜ原発が林立したのか/第4章 原子力発電の断末魔